日本オルガン研究会が会員向けに年1回発刊する機関誌「オルガン研究」のXXXVII(2009年)には、大岩みどり氏による興味深い論文が掲載されている。
ジローラモ・フレスコバルディの'la manieria di sonare'
≪トッカータ集題1巻≫(1615)の序文「読者へ」をめぐって
ここではフレスコバルディの諸経歴から、≪第1巻≫についての背景、≪第1巻≫と≪ファンタジア集≫における「作品」意識の違い、「読者へ」に見るフレスコバルディの演奏法などが論じられている。
また、初版(1615)と第5版(1637)の序文については、イタリア語の原文とその邦訳、さらには楽譜による具体的な例とその解説が記載されており、フレスコバルディやそれ以後に書かれたトッカータをはじめとする17世紀イタリア音楽の演奏法について極めて重要な資料であることは間違いない。
そのような音楽作品の演奏に携わるのであれば必読すべき文献である。
なお、機関誌「オルガン研究」は日本オルガン研究会の会員以外でも実費にて購入が可能であったと記憶している。
2011年8月9日火曜日
Michelangelo Rossi : Settima Toccata
これはロッシのトッカータ第7番の冒頭7小節である。
上段は6線譜、下段は8線譜で、17世紀の記譜としては一般的なものだろう。
調号からはこのセクションがニ短調であることがわかる。
拍子記号は"C"となっているが、何分の何拍子に見えるだろうか。
1小節目の下段を見ると、全音符がひとつに二分音符が2つある。
2小節目から6小節目までは二分音符2つ分、7小節目は二分音符4つ分ある。
小節線は書いたり書かなかったりということもある。
上段の音部記号はソプラノで始まり、5小節目でアルトになるが、7小節目の途中から再びソプラノに戻っている。
下段はバスとバリトン(?)が併記されている。
冒頭の和音、左手はオクターブとさらに3度上の3音を弾くことになり、10度の開きがある。
クロマティックな音列の鍵盤では指がもげそうになる。
おそらく当時はショートオクターブの楽器で弾いていたのだろう。
フレスコバルディの9箇条に従って、冒頭の和音はゆっくりとアルペジオで装飾的に弾き、このセクションの終わりとなる6小節目までをひと息で弾ききるようにする。
ソプラノ声部に現れたパッセージはテノール、アルト、バスに受け継がれて行く。
水が上から下へ流れるように、アッチェルランドしつつ6小節まで一気に流れ込むような感じがよいかも。
そして7小節目の前半は加速した分の速度を戻して威厳のある堂々とした和音を響かせると効果的な対比となるだろう。
セクションの終わりとなる3つ目の2分音符は長くとって終止感を出す。
そして7小節目の後半は気分をがらりと切り替えて颯爽と開始するとまた効果的になる。
以上、ざっと見て誰でもすぐに思い当たるようなことだが、たったの7小節だけでも色々と発見がある。
そこがファクシミリ譜の面白さでもあると思う。
2009年4月10日金曜日
いろいろと咲き始めた
2009年1月25日日曜日
FrescobaldiのRomanesca
去年の6月から半年もかけて取り組んでいたStoraceのRomanescaもようやく終わって、今日からFrescobaldiのRomanescaになった。
元歌が同じなので、どことなく似通ってはいるものの、ふたりの作曲家の間には61年の歳月が横たわっている。
17世紀初めのイタリア鍵盤作品とわかっていても、譜読み段階で無意識にドイツ的な解釈を持ち込んでしまっていて、見事にそこを指摘された。
あまりに対位法的な視点で読みすぎていて、半終止や拍の運びを無視してしまっている。
もっと和声的にとらえれば見えてきたであろうポイント。
まだまだ読譜力が足りてませんな(-_-)
てなわけで、もういちど譜読みのやり直し(+_+)
元歌が同じなので、どことなく似通ってはいるものの、ふたりの作曲家の間には61年の歳月が横たわっている。
17世紀初めのイタリア鍵盤作品とわかっていても、譜読み段階で無意識にドイツ的な解釈を持ち込んでしまっていて、見事にそこを指摘された。
あまりに対位法的な視点で読みすぎていて、半終止や拍の運びを無視してしまっている。
もっと和声的にとらえれば見えてきたであろうポイント。
まだまだ読譜力が足りてませんな(-_-)
てなわけで、もういちど譜読みのやり直し(+_+)
2009年1月10日土曜日
大粒なブルーベリー苗を追加
2008年10月25日土曜日
2008年10月12日日曜日
ブルーベリーの苗を増やしたよ
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